監督(かんとく)とは、多くの事柄や人々・組織など見張ったり、指図をすることで取り締ること、またはそれらを行う人や組織を言う。
各種スポーツにおいて全体の指示や作戦を立てる責任者、または責任者の呼称。団体競技や個人競技においては選手個々の強化や手本などを示し、コーチの役目を兼任する場合もある(英語のcoach、head coachは、多くのスポーツにおいて日本語で言うところの「監督」の役職に相当する。監督に相当する役職にmanagerの語を当てるのは、野球やサッカー(クラブチーム)などに限られる。)。
~Wikipedia~
“監督”として・・
チカラの無さを痛感
選手たちは成長し、
要求もより細かくなる
それでも今、何をドコまで求められ
要求に答えられない、決めきれない・・
TRもTRMも公式戦でさえも
曖昧で不明確な指導というか指導力。
原因・・
それは自分自身に一番甘かった
言い換えれば、監督という仕事を舐めてた
いや、勘違いしていたのかもしれない
sallistaのような社会人チームはチームプレイの方向性や細部の決め事を
現場である選手たち自身が感じ、考え、話し合い、約束事として決める
監督はチームの総意(選手たちの決め事)に客観的な立場から、分析して判断し指示する。
監督 から 選手へ・・
ではなく
選手 も 監督も・・
が理想だと・・
監督の独りよがりなチームは好きじゃない
そういう考えだった。
でも、選手たちの心に芽生えた不信感
名ばかり監督は選手・チームの成長を妨げ、
妨げるだけならまだしも、下手クソにすることだってありうる・・
名ばかりだけど、
“監督”がいるから、思ったことみんなに言えない、できない・・
わかってること、より良い方法、伝えられない・・
そもそもこのチームの“監督”のあり方に
監督と選手との間にギャップがあったから・・なのかもしれません
選手以上の指導力・分析力・技術を
持ち合わせていない“監督”が
今、チームのためにできることってなんですか?
・・ただ、sallistaのことが
誰よりも好きだし、
誰よりもチームのためなら・・と思ってる
だからこそ・・
悩むんだ